吉田正尚の家族構成!実家は農家で父はJAに就職?母は介護職員で兄は野球選手!

吉田正尚メジャーリーグ
画像出典:デイリー
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2023年からボストン・レッドソックスの一員としてメジャーリーグに挑戦する吉田正尚選手の家族について取り上げます。

福井県福井市にある実家のことや家族構成に加えて父親の正宏さん、母親の仁子さん、兄の正仁さんについて詳しく紹介します。

そのほか吉田選手のプロフィールや野球歴も合わせて紹介します。

それではさっそく本題に入っていきましょう。

⇒吉田正尚の嫁は誰?結婚はいつ?子供は何人?自宅や愛車情報も!

この記事で分かること
  • 吉田正尚の実家は農家
  • 吉田正尚の父親は野球未経験者
  • 吉田正尚は意外と甘えん坊
  • 吉田正尚の兄は野球を始めるきっかけ
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吉田正尚の実家と家族構成

吉田正尚選手の実家は福井県福井市にあります。福井市は福井県の県庁所在地でJR福井駅を中心に商業・行政機能などの中核機能が集まっています。

また西方には美しい越前海岸を望み、東方は緑豊かな山間地に囲まれるなど自然にも恵まれた良い環境の市です。

吉田家は福井市郊外で代々農家を営んでおり、1町5反(約1.5ヘクタール)の田んぼを所有しているそうです。

吉田選手が小学校高学年になったころ、家でも野球の練習がしたいということで自宅の庭に生えている木と木の間にネットを張って毎晩のようにティー打撃をしたそうです。

ちなみにそのティー打撃用のネットは2019年に台風上陸に備えて木を切った時になくなってしまったそうです。

また実家のリビングには吉田選手の記念品が所狭しと飾ってあります。

吉田正尚自宅リビング

画像出典:日刊スポーツ

ここからは吉田選手の家族について紹介していきます。

まず家族構成ですが、父親の正宏さん、母親の仁子さん、兄の正仁さん、正尚選手、そのほかに祖母、大叔父がいる6人家族です。

家族6人で敷地面積150坪、増改築を重ねた広い実家に住んでいました。

父親・・・正宏さん
母親・・・仁子さん
長男・・・正仁さん
★次男・・・正尚選手
祖母・・・名前不明
大叔父・・・名前不明
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父・正宏さんは野球未経験者だが積極的に練習に協力

吉田正尚の父正宏さん

画像出典:日刊スポーツ

吉田選手の父・正宏さんの生まれは1959年頃で名古屋の大学を卒業後、地元のJAに就職しました。

正宏さんは中学の頃にクラブ活動で陸上と卓球を少しやっていた程度で野球の経験はなかったそうです。

それでも吉田選手が小学生の頃は練習のパートナーを務め、自宅でのティー打撃練習の際は正宏さんがトスを上げていたそうです。

そのほか正宏さんは雪が積もる冬でも練習が出来るように車庫の中にもネットを作ったり、自宅から車で15分ほどのバッティングセンターに頻繁に吉田選手を連れて行ってあげるなどかなり協力的だったようです。

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母・仁子さんは高校で寮に入るまで献身的にサポート

吉田選手の母・仁子さんの年齢は正宏さんの1つ年下のようです。

正宏さんが29歳の時に当時、介護の仕事をしていた仁子さんとお見合いで知り合い、半年の交際を経て結婚されたようです。

仁子さんは正宏さんが31歳の時に長男・正仁さん、34歳の時に吉田選手を出産しました。

ちなみに仁子さんは野球はもちろんスポーツの経験はないそうです。

クールなイメージのある吉田選手ですが子供の頃、母にかなり甘えていたようです。

仁子さんは吉田選手が敦賀気比高校の寮に入るまでユニホームやスパイクなどの整理整頓や遅刻ギリギリの際は車で学校に送るなどサポートしてくれていたといいます。

福井の実家を出る中学3年まで母親に甘えていたという。今とはずいぶん違う自分を思い返し、頬を赤らめた。

引用元:日刊スポーツ

兄・正仁さんの影響で幼稚園の頃に野球を始める

吉田選手の3歳年上の兄・正仁さんは吉田選手が野球を始めたきっかけの人物でもあります。

幼稚園の頃、小学3年生から野球チームに入っていた正仁さんの練習の送り迎えをする父や母に付き添っているうちに気付けばボールを追い掛け、バットを握って練習をしていたといいます。

そして吉田選手本人も小学校入学と同時に野球チームに入りました。

お兄さんの正仁さんがいつ頃まで野球を続けていたのかについては分かりませんでした。

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吉田正尚のプロフィールと野球歴

 

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名前:吉田 正尚(よしだ まさたか)
ニックネーム:マッチョマン、マッチョ、マサ
年齢:29歳
生年月日:1993年7月15日
出身:福井県福井市
身長/体重:173cm/85kg
血液型:B型
高校:敦賀気比高校
大学:青山学院大学
ポジション:外野手
投打:右投左打
プロ入り:2015年(ドラフト1位)
背番号:7
所属チーム:ボストン・レッドソックス

吉田正尚選手は福井市立麻生津(あそうづ)小学校1年生(当時6歳)の時に「麻生津ヤンキース」で野球を始めました。

福井市足羽中学校時代は「鯖江ボーイズ」で捕手、外野手としてプレーします。

高校は地元の強豪である敦賀気比高校に進学します。

1年生時、夏の甲子園(第91回全国高等学校野球選手権大会)に4番として出場しますが帝京高校との初戦に1安打を放ったもののチームは敗れました。

2年生時の春に出場した甲子園(第82回選抜高等学校野球大会)では初戦の天理高校戦に3安打の猛打賞を記録しチームの勝利に貢献。

その後もチームは勝ち進みますが、準々決勝の日大三高戦で自身は3打数無安打に抑えられチームも敗退しました。

2年生の夏以降は甲子園には出場できないまま高校時代は終わりました。高校通算本塁打は52本でした。

高校卒業後は、東都大学野球リーグに所属する青山学院大学へ進学します。

1年生の春季リーグから指名打者で4番としてとして起用され、ベストナインに選ばれる活躍を見せます。

同年の秋季リーグから3番打者に定着、再び指名打者部門で2期連続のベストナインに選出されました。

2年の春季リーグから外野手として試合に出場するようになり、2年春と3年秋に外野手部門でベストナインを獲得しました。

しかし3年の秋にチームは東都大学野球リーグ2部に降格してしまいました。

4年生の時に2015年ユニバーシアードの日本代表に選出されると大会では主に4番として起用され日本代表の優勝に貢献しました。

2015年のプロ野球ドラフト会議においてオリックスバファローズから単独1位指名を受け、契約金1億円、年俸1500万円という条件で入団となりました。

ドラフト年:2015年
指名順位:1位(オリックスバファローズ)
契約金:1億円
年俸:1500万円

吉田選手はプロ入り後2年間、二桁本塁打は達成するも怪我や手術の影響で年間を通して活躍することが出来ませんでした。

しかしプロ3年目の2018年は春季キャンプで「故障しない身体づくり」を目的とした体幹トレーニングなどに励み、レギュラーシーズン全143試合に出場し、初となる規定打席到達もクリアしました。

その後、2022年まで5年連続で規定打席と打率3割超えを達成し、2020年~2021年は2年連続で首位打者のタイトルを獲得しました。

2022年シーズンオフにチームの主力としてオリックスを2年連続のリーグ優勝(2022年は日本一)に導いた活躍が認められ、ポスティングシステムを利用してMLBのボストン・レッドソックスへの移籍が決まりました。

プロでの主な獲得タイトルと受賞歴です。

首位打者:2回(2020年、2021年)
最高出塁率:2回(2021年、2022年)
ベストナイン:5回(外野手部門:2018年 – 2021年、指名打者部門:2022年)
日本シリーズ優秀選手賞:1回(2022年)
セ・パ交流戦 最優秀選手賞(MVP):1回(2018年)
クライマックスシリーズMVP:1回(2022年)
オールスターゲーム敢闘賞:1回(2019年)
ホームランダービー優勝:1回(2021年)
月間MVP:6回(野手部門:2019年7月、9月、2020年8月、2021年5月、2022年7月、9・10月)
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吉田正尚にとってメジャー挑戦は子供の頃からの夢

吉田正尚選手は2022年シーズンオフの12月16日にMLBのボストン・レッドソックスと1年目の日本人野手として過去最高の5年総額9000万ドル(約124億円)の契約を結びました。

なお吉田選手の移籍に際して在籍していたオリックスに対してレッドソックスから譲渡金として1537万5000ドル(約21億2000万円)が支払われました。

ちなみに譲渡金の使い道としてオリックスは京セラドームの浴室などを改修する計画を立てているそうです。

「球団は“正尚マネー”で京セラドームの浴室などを改修する計画を立てている。残った選手たちも『めちゃくちゃ嬉しい』と言っています」(球団関係者)

引用元:文春オンライン

吉田選手は小学生の頃、よくテレビでMLBの試合を見ていたらしくその頃からメジャーに対する憧れが強かったようです。

小学校の卒業文集には将来の夢は「大リーガー」と書いてあるそうです。

吉田選手はオリックス入団時、憧れのメジャーリーガーであるブライス・ハーパーが付けていた背番号「34」(※ハーパーがワシントン・ナショナルズ時代の2018年までに着用していた番号)を強く希望しました。

なお吉田選手のレッドソックスでの背番号はオリックスでの最終年に付けていたのと同じ「7」です。

吉田正尚レッドソックス背番号

画像出典:サンスポ

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