山川穂高の家族と実家!母子家庭育ち?アグーの意味や由来も!

山川穂高埼玉西武ライオンズ
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180㎝に満たない身長ながら圧倒的なパワーでホームランを量産するパリーグを代表する大砲、埼玉西武ライオンズの山川穂高選手の家族や実家について取り上げます。

山川選手が母子家庭で育ったことなど生い立ちについて詳しく紹介します。

その他、山川選手の愛称となっている「アグー」の意味や由来、ホームラン後のパフォーマンスについても紹介します。

それではさっそく本題に入っていきましょう。

⇒山川穂高の結婚した嫁と子供!自宅や愛車に関する情報も!

この記事で分かること
  • 山川穂高は母一人子一人の母子家庭で育った
  • 山川穂高の実家は沖縄県那覇市にある
  • 山川穂高は学生時代から「アグー」と呼ばれていた
  • 山川穂高のパフォーマンスはゆりやんと御嶽海から来ている
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山川穂高のプロフィールと野球歴

名前:山川 穂高(やまかわ ほたか)
ニックネーム:アグー、おかわり2世
年齢:31歳
生年月日:1991年11月23日
出身:沖縄県那覇市
身長/体重:176cm/103kg
高校:沖縄県立中部商業高校
大学:富士大学
趣味:ピアノ
ポジション:一塁手、三塁手
投打:右投右打
プロ入り:2013年(ドラフト2位)
背番号:3
所属チーム:埼玉西武ライオンズ

山川穂高選手は那覇市立城北小学校4年の時に「首里マリナーズ」で野球を始めました。

那覇市立城北中学校時代は元プロ野球選手の大矢明彦さんが名誉監督を務める硬式チームの「SOLA沖縄」(現・大矢ベースボールクラブ)に所属します。

一塁手として全国大会出場も経験しました。当時「SOLA沖縄」の監督だった大久保勝也さんから

「おまえはホームランバッターになれるから、絶対に小さい打撃をするな」

と指導を受けたそうです。

ちなみに「SOLA沖縄」には1学年下に読売ジャイアンツの大城卓三選手がいました。

高校は沖縄県立中部商業高校に進学し主に一塁手、外野手としてプレー。2年の秋からは4番ライトで活躍しました。

3年の夏の沖縄大会では決勝まで進みますが興南高校に2対4で敗れ、3年間通して甲子園に出場することは出来ませんでした。

なお高校通算本塁打は27本でした。

高校卒業後は富士大学に進み野球を続けます。

山川選手自身は高校で野球を辞めるつもりだったそうですが、当時の同大学野球部監督だった青木久典さんに懇願され富士大学で野球を続けることを決めたそうです。

高校までで野球は辞めるつもりでいたが、沖縄県予選準決勝で山川がバックスクリーンに本塁打を放ったのを目の前で見た青木久典に、自身と母親の前で土下座され、“1年生から必ず4番を打たせて、必ずプロに行かせるのでうちに来てください”と懇願されたのを受け、富士大学に進学

引用元:wikipedia

1年の春のリーグ戦から監督との約束通り4番(一塁手)で出場し、リーグ4位の13安打、打率.342本1点7の好成績を残しました。

それ以降中軸を務め、2年春・3年秋・4年春にリーグ制覇を達成しました。

個人としては1・3年春に一塁手、2年春に外野手、4年春に指名打者としてベストナインを獲得しました。

大学リーグの通算成績は78試合に出場し、11本塁打、55打点、打率.304でした。

また3年時には第26回アジア野球選手権大会の日本代表にも選ばれました。

2013年10月24日に行われドラフト会議において山川選手は埼玉西武ライオンズから2位で指名され、契約金7000万円、年俸1200万円で入団しました。

プロ入り:2013年ドラフト
指名順位:埼玉西武ライオンズ2位
契約金:7000万円
年俸:1200万円

山川選手はルーキーイヤー、2014年6月21日の対横浜DeNAベイスターズ戦において5番・指名打者・スタメンで1軍初出場を果たしました。なおプロ初打席は四球でした。

同年9月15日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で辛島航投手からプロ初安打となる本塁打を放ちました。

プロ2年目の2015年は1軍出場がわずか1試合のみで本塁打は0でした。

しかしプロ3年目の2016年には自身初の二桁本塁打(14本)を記録し、以降は毎年コンスタントに本塁打を量産しています。

山川選手は本塁打王を2018年(47本)、2019年(43本)、2022年(41本)の3回獲得しているのですが本塁打王3回というのはパリーグ歴代4位タイの記録となっています。

なお2022年は本塁打王と共に打点王(90)にも輝いており打撃2冠を達成しています。

プロでの主な獲得タイトルと受賞歴です。

本塁打王:3回(2018年、2019年、2022年)
打点王:1回(2022年)
最優秀選手:1回(2018年)
ベストナイン:3回(一塁手部門:2018年、2019年、2022年)
月間MVP:6回(野手部門:2017年8月、9月、2018年3・4月、9・10月、2019年3・4月、2022年5月)
オールスターゲーム敢闘選手賞:2回(2019年第1戦、2021年第1戦、2022年第1戦)
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山川穂高の家族と実家!母子家庭育ち!

山川穂高選手の実家は沖縄県那覇市にあります。

那覇市は世界遺産の首里城などがある沖縄県の県庁所在地です。

次に家族についてですが、両親が山川選手が生まれてすぐに離婚しているそうで山川選手は母一人子一人の母子家庭で育ちました。

山川選手のお母さんの名前は喜代子さんといい、喜代子さんの実家は那覇市ではなく沖縄県久米島町とのことです。

山川選手の穂高という名前の由来は喜代子さんが旅行で北アルプスに訪れた際に見て感動したという穂高岳から来ています。

穂高岳は長野と岐阜の県境にある北アルプス南部の中心をなす山。穂高連峰ともいう。

喜代子さんは小柄でいつもニコニコし顔は息子の山川選手に似て目尻が垂れていて可愛らしい顔つきをしているようです。

また現在はどうか分かりませんが山川選手が小学校5年生頃、喜代子さんは県内の団体で総務や経理の仕事をされていたそうです。

喜代子さんは山川選手のプロ野球選手になりたいという夢を全力で応援してくれていたようで片親で仕事が忙しい中でも休日の応援や送迎には積極的に協力していたようです。

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野球をやめたいと語った息子に母が放った一言

山川選手は沖縄県立中部商業高校時代、上下関係が厳しいことに加え、1年生はなかなかベンチ入りすることも出来ず応援席で試合を眺める日々を送っていました。

誰よりも練習している自負のあった山川選手は悶々とした日々を過ごす中で母親の喜代子さんに

「野球をやめたい」

と弱音を吐いたことがあったようです。

すると意外にも喜代子さんは

「別に、いいよー」

と穏やかな口調で答えたそうです。

しかしこうも続けました。

「でも、せっかくだから次の大会で負けるまではやってみたら」

山川選手は母の言葉に従い11月の1年生だけの大会を最後に辞めるつもりでした。

ところが最後だと思って出場した試合で4番に座り、人生初となるホームランを放つという奇跡が起きました。

このホームランのおかげで山川選手は野球を続けることになるのですが、「あの一本がなければ、僕は100%野球をやめていた」と山川選手自身が当時を振り返っています。

息子の意思を尊重しながら後悔をしないように奮起を促した喜代子さん、山川選手の初ホームランをスタンドでビデオ撮影をしながら観戦していたそうです。

ホームランを打った瞬間は感極まり声を上げて泣いていたといいます。

山川選手は2013年のドラフトで西武に2位指名されるわけですが、契約金の使い道について聞かれた際に「一人で育ててくれた母に、かわいい車を買ってあげたい」と笑顔で答えました。

野球選手になるという夢を女手一つで支え続けてくれた母親に対する初めての恩返しでした。

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山川穂高の愛称「アグー」の意味や由来

山川穂高選手の愛称には体型がに散るということでチームメイトの中村剛也選手の愛称「おかわり君」にちなんだ「おかわり2世」の他に「アグー」というものがあります。

この「アグー」というのは山川選手の出身地である沖縄県の高級黒豚のことです。

アグー豚は沖縄の在来種を原種としたブランド豚。
アグー豚

画像出典:JAおきなわ

ここからは山川選手の愛称「アグー」の誕生秘話を紹介します。

西武球団は山川選手の愛称を決める際に「おかわり2世」ではありきたりすぎると考えていました。

書道やピアノや逆立ちなど多彩な特技を持つユニークな山川選手を売り出すのに適した愛称はないかと考えた所、沖縄に関係していて風貌と体型がバッチリハマる「アグー」に決まりました。

ただ山川選手本人がブタ呼ばわりされるのに抵抗はないのかという懸念がありました。

その事について球団から聞かれた山川選手は実は高校や大学でも「アグー」と呼ばれていたらしく問題ないと返答したそうです。

ちなみに山川選手はツイッターのアカウントをも持っているのですが、ユーザー名が「@AGU1123」となっています。

山川穂高ツイッター

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山川穂高のホームランパフォーマンスについて

山川穂高選手は明るくサービス精神旺盛なキャラクターです。

そんな山川選手はファンを楽しませる為に始めたホームランを打った際に行うパフォーマンスがあります。

2018年、初めて本塁打王を獲得した年は女性芸人のゆりやんレトリィバァに似ているということからホームランを打った後にゆりやんレトリィバァの「調子乗っちゃって」ポーズを披露していました。

2019年からは大相撲力士の御嶽海にも似ていると言われたこともあり、「どすこい」パフォーマンスを始めました。

2021年の途中にコロナ禍を理由に「どすこい」パフォーマンスを一時封印しましたが、2022年から再び解禁しました。

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