2023年に開催された第5回WBCでは最年長として日本代表のまとめ役も担っていたダルビッシュ有投手の家族(両親と兄弟)について取り上げます。
ご存知の方も多いと思いますがダルビッシュ投手は父親がイラン人で母親が日本人のハーフ。ご両親がどんな方なのか画像と一緒に紹介します。
またダルビッシュ投手には2人の弟がいるのですがお二方とも兄の様に普通の人とは違う人生を歩んでいますので詳しく紹介したいと思います。
それではさっそく本題に入っていきましょう。
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- ダルビッシュの父はイラン人
- ダルビッシュの母は食堂を経営している
- ダルビッシュの上の弟は逮捕歴がある
- ダルビッシュの下の弟はがんで闘病中
ダルビッシュ有の実家と家族構成
ダルビッシュ有投手の実家は大阪府羽曳野市(おおさかふはびきのし)にあります。
羽曳野市は大阪府の南東部に位置する住宅都市ですが古墳などの古代史跡の多い地でもあります。
また羽曳野丘陵地帯のなだらかな丘陵・山麓地の自然に培われた山紫水明(さんしすいめい)の地で、昔から農産物の栽培に適しておりぶどうとイチジクの栽培が盛んです。
ここからはダルビッシュ投手の家族構成について紹介します。
まずダルビッシュ投手は父がイラン人で母が日本人のハーフです。
お父さんの名前はダルビッシュ・セファット・ファルサさんといい、お母さんの名前をダルビッシュ・郁代さんといいます。
兄弟ですがダルビッシュ投手は男3兄弟の一番上で弟が2人います。
上の弟の名前が翔さん、下の弟の名前が賢太さんといいます。
母親・・・ダルビッシュ・郁代さん
★長男・・・ダルビッシュ・有投手
次男(弟)・・・ダルビッシュ・翔さん
三男(弟)・・・ダルビッシュ・賢太さん
父・ファルサさんはイラン人で元サッカー選手

画像出典:栃木県茂木町HP
ダルビッシュ投手の父であるダルビッシュ・セファット・ファルサさんは前述した通りイランの方です。
出身はイランの首都・テヘランだそうです。
ファルサさんは大学時代、アメリカに留学経験がありその当時サッカーをしていたそうでフロリダ州の代表メンバーにも選ばれたほどの選手だったそうです。
それもありダルビッシュ投手も最初は父の影響でサッカーをしていたそうなのですがボールを投げることが好きだったダルビッシュ投手は自ら野球を選びました。
逆にサッカー選手だったファルサさんは息子の影響で現在イランの野球にも貢献し、「イラン野球連盟」の顧問をされているそうです。
ファルサさんが日本に来日された理由は分からなかったのですが日本で妻である郁代さんと結婚し3人の息子をもうけたほか日本永住権も取得されているそうです。
ファルサさんのお仕事ですが「Fedal Management有限会社」の代表取締役として「ダルビッシュギャラリー」や「ダルビッシュコート」を運営するなど様々な事業を行なっています。
母・郁代さんは日本人で実家で子供食堂を経営

画像出典:毎日新聞
ダルビッシュ投手の母である郁代さんは在日韓国人ではないかとの噂もあったみたいですが日本国籍の日本人です。
詳しい年齢については分からなかったのですが夫のファルサさんより3~4歳ほど年上のようです。
郁代さんは現在、実家のある大阪府羽曳野市で子供食堂「Win-Win」を経営し、地域のボランティアと協力して子供たちに食事の提供や子供の話し相手になるといった活動を熱心にされています。
なお子供食堂「Win-Win」では自宅の一部を開放して子供たちに「食事」と「居場所」を提供しています。
郁代さんとダルビッシュ投手のエピソードを一つ紹介します。
ダルビッシュ投手は幼少期に忙しい両親に代わり祖父母に面倒を見てもらっていたそうです。
祖父母にかなり甘やかされていたのかダルビッシュ投手は母である郁代さんにたいして「お前」と呼んでいた時期もあったとのことです。
上の弟・翔さんは逮捕歴もある元格闘家

画像出典:AERA
年齢:34歳
生年月日:1989年3月12日
身長:182㎝
体重:105㎏
ダルビッシュ投手の上の弟の名前は翔さんといいます。年齢はダルビッシュ投手の3つ下で学年でいえば2つ下です。
ダルビッシュ翔さんは現在、登録者20万人を超えるyoutubeチャンネル「ワルビッシュTV」を運営している有名ユーチューバーですのでご存知の方も多いかもしれません。
チャンネル名の「ワルビッシュTV」が示している通り翔さんは若い頃は相当なワルだったようで中3の時に初めて逮捕され、高1の時には無期停学になるなど暴行や事件を重ねていたそうです。
素行が悪かったのは幼少期に祖父母に甘やかされて育ったことも関係しているかもしれません。
2013年に格闘家としてデビューしましたが傷害事件を起こして逮捕となり、格闘技団体から追放されてしまいました。
そんな翔さんですが今はすっかり大人になり落ち着かれたようです。
翔さんは2度の結婚歴と1度の離婚歴を持つバツイチです。
10代の時に1度結婚して元嫁との間に男の子が誕生しますが離婚しました。
なお親権は元嫁側が持つことになったようです。
その後、現在の嫁と再婚し子供3人(長女、次男、次女)が生まれ家族5人で暮らしているそうです。
長男・・・有久(ありひさ)くん
次女・・・名前不明
なお元嫁との子供の名前は「獅(れお)」くんといい現在でも一緒に食事に行ったりと親子の交流をされているようです。
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下の弟・賢太さんはがんで闘病中の元俳優

画像出典:映画.com
芸名:KENTA
年齢:31歳
生年月日:1992年1月19日
身長:176cm
血液型:A型
ダルビッシュ投手の下の弟の名前は賢太さんといいます。年齢はダルビッシュ投手の6つ下で学年でいえば5つ下です。
賢太さんは幼少期にダルビッシュ賢太名義で子役として映画に出演したことがあります。
2009年11月に「KENTA」という芸名で俳優として活動していく意向を発表します。
2011年~2012年の間にドラマや映画にいくつか出演したりしましたが事務所を離れた後は俳優活動を行わなくなりました。
なお2015年まではバラエティ番組にも出演されていたようですが、それ以降表舞台からは消えてしまったようです。
賢太さんは2022年に精巣癌が発覚し、手術を受けました。
その後2023年2月にみぞおちのリンパ節に転移していることを公表し、抗がん剤治療を受けているとのことです。
今回のWBC、1人のファンとしてダルビッシュ有選手の参加は日本代表全体にとって凄く良い影響だったなと思う。そしてダルビッシュ有という人間の美しい部分を日本の野球ファンのみならず沢山の人が分かってくれたと思う。ただね、彼の良さはまだまだ10分の1くらいしか伝わって無い?? pic.twitter.com/7NpZtngD17
— ダルビッシュ賢太 (@darvishkenta) March 17, 2023
ダルビッシュ有のプロフィールと野球歴
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ニックネーム:ダル
年齢:36歳
生年月日:1986年8月16日
出身:大阪府羽曳野市
身長/体重:196cm/100kg
高校:東北高校
ポジション:投手
投打:右投右打
プロ入り:2004年(ドラフト1位)
背番号:11
所属チーム:サンディエゴ・パドレス
ダルビッシュ有投手は羽曳野市立羽曳が丘小学校2年生の時に「羽曳野ブラックイーグルス」で野球を始めました。
この頃アイスホッケーもしていたそうですが後に野球1本に絞ったようです。
羽曳野市立峰塚中学校時代は強豪硬式野球チーム「全羽曳野ボーイズ」に所属し、3年生の時にエースとして全国大会ベスト8、世界大会3位という成績を残しました。
なお中学3年で球速は144キロ出ていたといいます。
高校は50校以上からのスカウトがあった中で一番野球環境が良かったという宮城県の東北高校に進学しました。
ダルビッシュ投手は高校の3年間で甲子園には2年生の春・夏、3年生の春・夏の計4度出場しており最高成績は2年夏の準優勝でした。
またダルビッシュ投手個人としては3年春に出場した甲子園の1回戦、熊本工業高校戦でノーヒットノーランを達成しています。

画像出典:jiji.com
2004年11月17日に開催されたドラフト会議において北海道日本ハムファイターズから単独1位指名され、契約金1億円、年俸1500万円、出来高5000万円という条件で入団となりました。
指名順位:1位(日ハム)
契約金:1億円
年俸:1500万円
出来高:5000万円
NPB時代(日ハム時代)

画像出典:週刊ベースボール
プロ1年目となる2005年はシーズン前の2月にパチンコ店での喫煙が発覚し(当時未成年)高校からは停学処分を受け、球団からは無期限謹慎の処分を受けるなど波乱のスタートとなります。
しかし最終的にはルーキーイヤーにプロ初勝利を含む5勝(5敗)を上げました。
2年目の2006年は12勝5敗で二桁勝利を達成。この年チームは日本一にもなりダルビッシュ投手は日本シリーズ優秀選手賞を受賞しています。
2006年以後メジャーに移籍するまで6年連続で二桁勝利をマークし沢村賞1回、MVP2回など数々のタイトルを獲得しました。
NPBでの主な獲得タイトルと受賞歴です。
MLB時代

画像出典:jiji.com
2012年の1月18日にMLBのテキサス・レンジャーズと契約合意に達し同年からメジャーでプレーすることになります。
メジャー1年目からいきなり16勝(9敗)を上げ、そこから2014年まで3年連続で二桁勝利を上げます(2013年13勝、2014年10勝)。
2017年7月からロサンゼルス・ドジャースに移籍するも2018年2月13日にシカゴ・カブスと契約を結び2018年から2020年までカブスでプレー。
2021年からはサンディエゴ・パドレスへ移籍し、パドレス2年目の2022年は自身メジャー最多タイとなる16勝(8敗)を上げました。
2017年:ロサンゼルス・ドジャース
2018年~2020年:シカゴ・カブス
2021年~:サンディエゴ・パドレス
MLBでの主な獲得タイトルと受賞歴です。

